2010年12月25日

真の「くりすます」

 吾輩は角田とやらではない。

 吾輩がここに書くことはすべて真実であるから、ゆめゆめ疑ってはならない。

 吾輩は「くりすます」なるものがキリスト教に由来すると思い込んでいる無知の輩を啓蒙するべく、ここに「くりすます」の真実を明らかにするものである。

 江戸中期の儒者・農学者で吉田藩に仕えた宇曽駄世に『参州習俗彙編』という著作があり、この中に「くりすます」について詳細な記載がある。

「此国ノ海浜部ニ於ケル民俗、栗ヲ珍重スルコト此上無シ。冬至ニ於イテ他国ノ人民、南瓜ヲ食スルヲ常トスト雖ドモ、当地ニテハ好ミテ栗ヲ澄マシ汁ニ為シテ食ス。之ヲくりすますト称ス。栗ヲ澄マスノ謂也。」

 これによれば、現在の豊橋市を中心とする三河の沿岸地方で、冬至の日に栗の澄まし汁を食す習慣があり、その澄まし汁を「くりすます」と呼んだのである。

 これだけではない。同書には「くりすますいぶ」の記載もある。

「くりすますトテ作リ置キタル栗ヲ燻ジテ以テ越冬ノ常食ト為ス。之ヲくりすますいぶト称ス。くりすますいぶしノ訛ナラン乎。くりすますヲイブスノ謂也。」

 冬至に「くりすます」を作る際にことさら大量の栗を使い、食べ残したものを燻製にして保存食としたのであろう。

 ここまで書いても、積年の先入見の虜となっている哀れなる蒙昧固陋の徒は猶おこのように言うかも知れぬ、「まさかメリー・クリスマスのメリーまでは記されていまい」と。ところが、さにあらず。同書の記述は「めりいくりすます」という掛け声にも及んでいるのである。

「くりすますヲ食スルニ定法有リ。衆集ヒ膳ニ臨ミテ合掌シ、めりいくりすますト唱ヘ、然ル後ニ之ヲ食ス。当地ノ俚語ニ於イテ連用ノ語形ニりいヲ付クルヲ以テ勧誘ノ意ヲ表スコト有リ。然レバ則チめりいハ召しりいノ訛也。言フココロハ召シマセト也。」

 三河の沿岸地方では連用形の語尾を伸ばして勧誘や丁寧な命令の意味を表すことがよくある。例えば「やりい」「やっときい」「やめりい」「やめときい」というように。そして、語によっては連用形の語尾に「り」を付けて伸ばすものもある。「しりい」(しましょう・なさいの意)などがそうである。このことに依拠して宇曽は「めりい、くりすます」の「めりい」を「召しりい」の短縮されたものであり、「召し上がれ」の意味だと推測しているのである。推測の当否はともかく「めりい、くりすます」という掛け声が江戸中期から行われていたことがこの記述から確認できるのである。

 ちなみに、同じ三河でも内陸地方では単に連用形の語尾を伸ばすのではなく、語尾に「ん」を付ける。「やりん」「やっときん」「やめりん」「やめときん」というように。「しりい」は「しりん」になる。ついでに言えば、名古屋弁では「やりゃあ」「やっときゃあ」「やめやあ」「やめときゃあ」、そして「しやあ」である。

 それはともかく、宇曽の真に刮目すべき所は、「めりい、くりすます」とのみ言って「めりい、くりすますいぶ」とは言わぬ理由にまで言及している所である。

「くりすますハ無病息災ヲ祈念スル格別ノ食ナレバ特ニカクハ唱和スルナリ。」

 明言はされていないが、この書き振りから宇曽が「めりい、くりすますいぶ」とは言わぬ理由を推測できていることは自明である。宇曽はここで「くりすます」を「格別ノ食」としているが、「くりすますいぶ」については上の引用で「常食」と記していた。つまり「格別ノ食」ではないというのである。要するに、「くりすますいぶ」には「無病息災ヲ祈念スル」という特別な意義は無い。だから、特別な唱えごともしないというのである。

 吾輩はここであえて頑迷なる俗物どもに問わねばなるまい、くりすますをキリストの生誕日に由来するとする俗説によって、「めりい、くりすますいぶ」とは言わぬ理由を解明できるや否やと。答えはもはや明白であろう。

 なお、越冬用の保存食と言えば、雪深い地に限ったものと思い込んでいる向きもあるかもしれない。『参州習俗彙編』によれば、当時すでに「くりすます」を東北地方に始まるとする異説が存在した。宇曽は実に容赦なくこの説を打倒している。

「果シテ陸奥ニめりいノ語有リヤ無シヤ。モシ陸奥ニめりいノ語有ルモ、其ノ語義ニテめりいくりすますノ義通ズベシヤ。カカル俗説ヲ為セル者、実ニ道理ノ何タルカヲ知ラズト謂フベシ。」

 吾輩としては現代においても道理を知る人々が俗説に惑わされぬことをただただ願うのみである。

posted by TACO at 23:50 | 愛知 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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